Digital Economy 2020年3月05日

躍進するヨーロッパの量子コンピューティング

Google、IBM、中国のアリババ、これらは量子コンピューティングの分野における筆頭とも言える存在です。ミュンヘンにその本拠地を置くフラウンホーファー研究所とIBMの協同によりイニシアティブで、アメリカ国外初のIBM量子コンピューターが、ドイツに設置されました。この量子コンピューティングの意味とバイエルン州が将来この技術をどのように発展させて行こうとしているのでしょうか。

量子コンピューティングは何の役に立つのか?


量子コンピューターによって可能となる信じられないほどの計算速度は、コンピューターの使用に新たな可能性をもたらします。これまでの計算機は、主にシミュレーションや人工知能において必要とされる指数関数的な計算において、すぐにその計算能力の限界に達していました。また量子コンピューターは、巨大なデータバンクの構築や情報の暗号化を行う際にも新たな可能性を秘めています。そのため量子コンピューティングは、情報技術産業やデータ処理、および研究領域にとって、計り知れないほど貴重な価値を持っているといえるでしょう。量子コンピューターを使用することではじめて、多くの分野で活用が期待される人工知能の応用が将来実現可能となります。従来の計算機は、そのために必要な計算能力を持ち合わせていないからです。デジタル化の必要性が増す現代において、このような新種の計算機は瞬く間に必要不可欠なものとなるでしょう。


量子コンピューティングは将来的テーマ


Digital Life Design、通称DLDは、2005年にミュンヘンで設立され、今や世界を牽引するイノベーションフォーラムの一つです。2020年1月18日から20日にかけてミュンヘンで開催されたDLDフォーラムには、およそ50の国から1200人以上もの人々が集まり、デジタル化における最新の動向について議論が交わされました。そこで度々議題に上ったのは、量子コンピューティングとその応用領域についてです。インベスト・イン・ババリアはLondon & Partnersと協力し、ヨーロッパにおける研究環境とその応用産業の長所をアピールするため、特に量子コンピューティングの分野に集中的に取り組む専門家たちによるパネルディスカッションをこのフォーラムの中で企画しました。このディスカッションにはトーステン・ジーベルト氏(フラウンホーファー研究機構)、イアン・ヴァルムスレー氏(インペリアル・カレッジ・ロンドン)、ゼバスティアン・ルーバー氏(インフィニオン・テクノロジー)、イグナシオ・シラク氏(マックス・プランク量子研究所)がゲストスピーカーとして招かれました。

登壇した専門家たちは皆、量子コンピューティングの分野におけるヨーロッパ全体での協力は不可欠だという意見で一致しました。

この点について特にヴァルムスレー氏は、量子テクノロジー開発の動向を1960年代に巻き起こった宇宙進出レースと比較しました。当時、世界はどの国が一番先に月面着陸を成功させられるかという競争に湧いていましたが、今日、量子テクノロジーの開発において重要となるのは、それとは逆の、国家間の協力であると述べました。

IBMとフラウンホーファー研究機構もその方向で取り組みを始めています。フラウンホーファーは26,600人以上の研究者を擁するヨーロッパ最大の応用科学研究機関であり、本部はミュンヘンに置かれています。昨秋、IBMとフラウンホーファーは共同でヨーロッパにおける量子コンピューティング技術を発展させていく方針を打ち出しました。両者は量子コンピューターの産業界における応用を実現するという非常に実用的な目標を掲げており、IBMはその達成のためIBM Q System Oneという世界最高レベルの量子コンピューターをドイツに設置しました。これは世界でアメリカ国外では初めてのIBM量子計算機の導入です。全体のプロジェクトはフラウンホーファーがコーディネートし、両者は「フラウンホーファー量子コンピューティングセンター」の名の下、研究者、開発者、IT専門家、産業界のユーザーおよび意思決定者から成る一つの大きな共同体を形成します。これにより量子コンピューティングの秘める新たな技術的可能性は、回り道をすることなく直接、経済界や産業界へと応用され得るのです。

政治・経済・研究の協力が量子コンピューティングを躍進させる


ドイツは2018年から2022年の間に量子テクノロジーの研究開発を促進するため、総額およそ6億5000万ユーロを準備しており、これはドイツがヨーロッパで第1位の投資額を誇っているだけでなく、世界でもその第3位の地位にあることを意味しています。バイエルン州単独でも今後数年間にわたり、当該分野の研究開発へ7200万ユーロの投資をすることが見込まれています。

目下、バイエルン州でも革新的な量子テクノロジーの研究、開発、応用を加速化するため、様々な取り組みがなされています。アメリカ国外初となる量子コンピューターをドイツへと誘致し、産学のパートナーを連携させるきっかけとなったIBMとフラウンホーファーの協働については、既にお話しした通りです。同様に2019年1月に設立されたMCQST、ミュンヘン量子科学技術センターも注目すべき取り組みのひとつとして挙げられます。創設に関わった中心的機関は、共にバイエルンのエリート大学であるミュンヘン工科大学ルートヴィヒ・マクシミリアン大学、それに加えてマックス・プランク研究所です。MCQSTは、量子コンピューティング分野における世界一流の専門家たちの集まる学際的な中心をバイエルンに据えようという目標を掲げています。

バイエルン州北部の街、ヴュルツブルクにおいても量子コンピューティングに関する研究が行われています。ここでは特に「トポロジカル絶縁体」と呼ばれる物質の応用を目指した研究が日々行われ、その中で重要な役割を担っているのがユリウス・マクシミリアン大学です。量子コンピューターの基礎となるのは「量子ビット」と呼ばれる極端に短い寿命を持ち、実用的にはあまり役に立たないといわれる情報処理単位ですが、先述のトポロジカル絶縁体の導入により、その問題が改善され得るというのです。バイエルン州は2019年10月に採択された方針「バイエルン州ハイテク・アジェンダ」に基づき、この「トポロジカル量子コンピューティング研究所」の設立と運営に補助金を出しています。

これらの例からは、量子コンピューティング技術の発展と促進のため、バイエルン州では州政府の支援、学界の理論的研究、産業界の実用的応用が相互に協力関係にあり、互いに手を取り合って取り組んでいるということがわかります。


前途多望なバイエルンの将来


バイエルン州が企業の拠点としていかに将来性があり、また需要性のある場所であるかは、まさに研究データの示すところです。「ドイツ地域別将来予想図“Zukunftatlas”」は3年ごとにドイツの各地域の経済的な将来性を調査して報告していますが、これによるとバイエルン州は無限の発展可能性を秘めつつ、既に他より抜きんでたスタートラインに位置する前途有望な経済の中心地として評価されています。このことは既にバイエルン州に拠点を置く企業にとっても、今後バイエルン州でビジネスを展開しようと考える企業にとっても、大変魅力的なことです。